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2018年6月 3日 (日)

精神的支柱

○ 「石仏のどんなところがいいの?」と問われました。まずもって私にとって石仏は,名もなき人達の作ったものであり,信仰の対象になってきた経緯からだと思っています。

 確かに石仏ブーム,そうですねテレビで安曇野の石仏が放映され,あっという間に有名になりました。ブームですから,数年で熱狂的な騒ぎは収まりました。

 そして最初は石仏と言っても窓口を広げていました。例えば,磨崖仏などにも興味をそそられていました。今では石仏=道祖神(この名もいろいろありますが)です。

 地域開発の名の下に路傍に置かれた道祖神は,いつしか場所を移し替えられ,見向きもされなくなってきました。しかし,未だにどんど焼きの風習が残っている所も。

 文献を紐解くと,このどんど焼きの主体は子ども達であったようです。少子高齢社会においてどんど焼きの主体者が少なくなってきて,衰退したとも考えられます。

 道祖神の存在すら忘れかけている人達,どんど焼きの風習も久しく途絶えてしまった地域,庶民の信仰を集めてきた道祖神,私にとっては寂しい限りです。

 医者もいない,薬もない村で疫病が流行ったとき,人々は村にある道祖神に必死にすがりついたと思います。自分あるいは家族が救われたとき,さらに信仰心が深まった?

 現代人から見れば滑稽な話と受け止められますが,時代が時代です。親から子へと信仰心が受け継がれ,道祖神は大切にされてきました。

 飛躍しますが,今の日本人に信仰心が存在するのか,初詣すらいつしか意味不明な年中行事になっていると思います。信仰心のない国,人間関係の希薄な街ばかり。

 今さら時計の針を逆戻しすることは不可能ですが,日本人の信仰心のなさは,国を滅ぼす一因になるのではと危惧しております。悲しいです。

 先日先輩のブログに神社詣の話がありました。四つ足動物(ペット)を引き連れて境内を歩く姿がありました。私,あの写真を見て唖然としました。

 信仰心のなさ,そして神社仏閣をお参りするときのマナーを知らない,本当に日本人は精神的な支柱を失ったと思いました。恥ずかしい限りです。

 確かに生活は便利になり,医学も進歩してきました。が,それに伴い己の精神的な支柱を失ってしまっては,失うものがおおき過ぎます。違いますか?

 新聞やテレビを見ていると様々な事件が報道されています。そのほとんどが精神的な支柱をなくした者の仕業だと思いませんか?人を殺めるのなんか,まさにそれです。

 道祖神を探し,お参りをし,写真を撮らせていただいています。一つ一つの道祖神には,いろいろな思い出が残っています。そして多くの地元の人達の顔も。

 一時期,絆という言葉が流行りました。今絆を叫ぶ人っていますかねえ。世の中全てが消耗品,賞味期限が過ぎれば捨てられ,忘れられていくようです。

 絶えず刺激を求め,流行を追い,心の充足を感じることのない日本人,こういった日本人が増えてきましたね。これまた精神的な支柱をなくしたためでしょう。


○ サラリーマン川柳が面白い。川柳のもつ滑稽・機知・風刺などの要素がたまんなく面白いですよね。同じ五・七・五の俳句との大きな違いです。庶民的です。

 第一生命保険会社が,このサラリーマン川柳を始めて31回目になるそうです。そして発表される川柳を見て(読んで)感心する私です。

 31回目の第一位は,「スポーツジム 車で行って チャリをこぐ」です。読んで思わず笑ってしまいました。我が家の家人ですよ,これは。

 どこへいくのも車を使って,一日の歩行数は非常に少ないと思います。歩かずして,「ジムで体を鍛えている」と平気で言っています。反論する気にもなりません。

 私が感心したもう一つは,「減る記憶 それでも増える パスワード」です。これは私の生活を言い当てたものと感心しました。IDやパスワード,覚え切れません。


○ 今日の1枚
Dsc_2036


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