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2017年1月14日 (土)

久し振りの降雪の朝

○ 数年に一度と言われる大寒波
 昨日は,午後みぞれが降りました。部屋の中で作業をしていたら,瓦屋根に当たる音が聞こえました。カーテンを開けてみれば,庭石に当たり飛び跳ねていたみぞれ。

 ニュース・天気予報を見ると,まずは大寒波と雪の予報です。ニュースでもやっていましたが,14/15日は,センター試験の日です。娘は当然仕事です。

 夕刻,外の水道の防寒態勢を整えました。また,いつもは車庫の奥に保管してある箒と雪用スコップ(もう何年も前からあります)を玄関先に置いておきました。

 朝起きたら。街路灯に照らされ,雪が風に乗って降っていました。これから午前中断続的に降るか?スタッドレスタイヤの効果は?夏用タイヤの車の立ち往生が,一番怖いです。


○ 好みの問題ですが
 そもそも”スポッター”とは,地上・空中を問わず飛行機の”レジ番”をチェックすることから始まっていると聞いています。大切なのは,”レジ番=見た記録”です。

 このスポッターの原理原則を解釈するならば,斜め前(後ろ)…地上・空中問わず,リバース・翼の状態がどうであれ,レジ番がしっかりと判読できるならば,良しです。

 ところで,ディジタル・カメラの普及で,被写体に飛行機を選んでくれる人が増えることは嬉しいことです。その中でスポッターが育ってくれれば,さらに嬉しいです。

 ディジタル・カメラ,贅沢を言わなければ,天候・時間帯を問わず撮影できます。また,気にくわなければ・失敗すれば,消すことが可能です。素晴らしい文明の利器です。

 余りの便利さに高速ワインダーを使って撮影する人も増えてきました。あれがRAWでの撮影であるならば,どれだけ現像時間がかかるのかと,余分な心配までしたくなります。

 私も一時期RAWでの撮影をJPRGと併用(カメラ操作でできますから)した頃がありました。ですから現像の大変さも少しは理解できます。とても時間が足りません。

 そして自分の原点を見詰め直しました。”残したいものは,銀塩フィルムで撮る”のが,撮影の原点です。ディジタル・カメラで撮ったものは,使用目的が違います。

 ならば”画質”に神経を使うことはありません。JPEGで十分という結論に達しました。もう一つは,ディジタルの世界は日進月歩です。RAWに替わるものが出てくる可能性は?

 もう一つ,ディジタル・カメラでのヴィデオ撮影の向上です。私は,却ってこの方面に興味があります。スチルも面白いが,ヴィデオも面白いです。これも好みですがね。

○ 面白いね
”いじめ,不登校,両親の離婚…。「悩んでいた昔の自分にメッセージを送りたい」と紡ぎ出した言葉を一冊の本にまとめた。伝えたいのは「自分は自分でいい」という思い。本を書いたのは,中島芭旺(ばお)君。ポケモンが大好き。昨年8月に出版した「見てる,知ってる,考えてる」は「子どもは子どもではない。小さなからだの哲学者です」という前書きから始まる。日々の生活で感じた「哲学」を記した92編の短文で構成。

 芭旺君は小学3年9月から不登校になった。きっかけはその年の春,福岡から転校した東京の学校で,殴る蹴るのいじめに遭ったことだった。登校時間になるとおなかが痛くなった。「いじめたくなる気持ちは分かる。僕は空気が読めないから」。芭旺君はいま,不登校について「強制されている感じが苦手。行かないという選択をした」と話す。学校の了解を得て,月1回,学校に報告に行く以外は「自宅学習」。「なぜ」と気になることがあれば自分で約束を取り付けて,茂木健一郎さんや安倍昭恵さんらにも会いに行く。

 不登校で家にいるとき,ポケモンなどのゲームをしていると,「心の中のモヤモヤが整理された」。自分の中からポンポンと飛び出す言葉をツイッターやフェイスブックに書き留めた。学校でいじめられたこと。不登校になったこと。両親が離婚して一時,母の弥生さんと別居になり,「自分はだめな子」と感じていたこと…。不登校になって2カ月後,サンマーク出版の高橋朋宏さんにフェイスブックでメッセージを送った。「僕の経験を本にしたいんですけど,話を聞いてもらえませんか?」。高橋さんとのやりとりが始まった。当時まだ9歳。フェイスブックで,ぽつりぽつりと送られてくる文章。高橋さんは「子どものころに何となく感じていたことを言葉にできる子がいるなんて」と鳥肌が立った。1年半に約300編が届いた。芭旺君に「ネタ帳」はない。ゲーム中に思いついた言葉をSNSに書き込むだけだ。「すぐに忘れてしまうなら,その程度の思いなので」。

 弥生さんによると,芭旺君は幼児のころ,「お母さんに本を読んであげる」と辞書を片っ端から読み上げた。物静かな子だったが,不登校になってから,生き生きと自分の言葉で表現するようになった。「作品を読んで,『希望は自分で見い出せるんだ』と逆に教えられました」。最後の92編目は,こんな言葉で締めくくられている。「僕の居場所は僕。」

 〈不登校の子どもたちの相談にのる「子どもオンブズパーソン」豊田キヨ子さんの話〉「不登校になる子にはそれぞれ才能があるから,自分に正直になることは大事だ」と長年言ってきた。今の学校現場では少数意見が言いにくい雰囲気がある。(芭旺君の)一人の思いや声は少数であっても外に発信することで,誰かの希望につながるきっかけになるのではないか。”

 現在の日本の社会組織になじめない,生きられない人だっています。例えば,街のゲームセンターに行けば,時間という制約のない若者がたくさんいます。

 社会から見れば,アウトローだし,将来を考えない切ない生き方ととらえられるだろうと思います。一人一人個性があるのに,社会はそれを認めないのではないでしょうか。

 これは島国に生きてきた日本民族のアイデンティティーであり,DNAでもあると思います。その範疇内にない人への社会の見る目は厳しいです。学校もしかり。

 この少年は,不登校という経験を通して,社会への鋭い疑問を呈してくれたと思います。が,果たしてこれが水面に一投した石のように輪になって広がるかと言えば…。


○ 今日の1枚
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