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今日のお天気は?

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2006年3月

2006年3月31日 (金)

新空港誕生

今年になって、神戸空港(2月)新北九州空港(3月)と新しい空港が誕生しました。地元の期待を集めた新空港の誕生です。

が狭い日本、離島ならいざ知らず、東京・名古屋・大阪・福岡と言った人口集中地域に、それ程空港が必要なのでしょうか?例えば新北九州空港ですと、確かに旧空港は滑走路が短かったことは事実です。長い滑走路を持てば、より大型の旅客機の使用は可能でしょう。新北九州空港の周りには、西に福岡空港・北に宇部空港・南に大分空港があり、飛行機の離発着の管制は大変だと思います。特に朝晩のトラフィックが多い時間は、出発待ちが起こる可能性が高い(事実起こっている)と思います。また客の奪い合いにより、当初計画していた利用者数がどこも達成できていません。いい例が、同じ九州の佐賀空港です。客は多少遠くとも国際線のある、あるいはディストネーションがたくさんある福岡空港に流れているそうです。

今日でもって大阪国際空港への4発機の飛来は終わります。確かに騒音問題は、空港近隣に住む人達にとっては深刻な問題だと思います。エンジンがたくさん着いているからうるさい!非常に短絡的な考えだと思います。技術革新を考えるならば、B744はエンジンを4発付いていますが、それ程うるさい飛行機だとは思いません。恐らく伊丹はB777シリーズのオンパレードか?関西空港(2本目の滑走路建設中)や神戸空港との客の奪い合いが、より鮮明になってくると思います。

現在、赤い会社も青い会社もたくさんのB744Dを所有しています。これだけ投資した大型機のディストネーションが減ることは、どこに飛ばせば?沖縄・福岡・千歳くらいしか思いつきません。国の航空行政に翻弄される企業、何かおかしな国になってきた。

2006年3月30日 (木)

自分の搭乗ではなくてよかった

新潟行きの皆様、ごめんなさい。
自分が搭乗していたら・・・。

新潟行き全日空便、代替機含め2度も引き返す
 29日午後1時15分ごろ、中部国際空港発新潟行き全日空1811便(ボンバルディアDHC8―400、乗客38人)が、愛知、岐阜県境の高度約6400メートルを飛行中、昇降舵の不具合を示すランプが点灯した。 昇降舵自体は作動したため、同機は同2時前に中部空港に引き返した。

 1時間45分後に代替機のフォッカー50で乗客31人を乗せて出発したが、岐阜県上空約5800メートルを航行中、副操縦士席の内側窓ガラス(縦40センチ、横50センチ)全面にクモの巣状のヒビが入ったため再び引き返し、同4時50分に着陸した。乗客は無事で、同6時20分発の定期便で新潟に向かった。 運航しているエアーセントラルで原因を調べているが、窓ガラスは劣化してヒビが入ったらしい。(2006年3月29日23時23分 読売新聞)


2006年3月27日 (月)

今日

実は昨夜天気予報を見たら,27日セントレアは晴れとありました。久し振りの月曜日の出動にわくわくしました。

JL54は30分以上のディレイ!接続便なのでこれだけのディレイは,多くの人達にとって迷惑この上ないと思います。MUはいつのまにやらA300(と言うことは,A320が見られなくなった!)に,KEもB737からA330に変わっていました。スポットを眺めると"YOKOSO JAPAN"が2機!B772とB763・・・来た甲斐があるというもの・・・やったね。が!が!が!どちらも"face to west!"・・・あえなく沈みました。

OZはA321,PRはA330,CX,SQはいつも通り。

お天気は良いものの,あまり成果のない時間を過ごしてしまいました。まあ,JA04AN(Goldが2機,ノーマルが2機。何という増殖のペースでしょう)位でしょうか?"Gold Jet"やエバ-グリーンは,はるか遠くを!

いつもながらKODAKの現像ペースから言うと,4月5日位に上げれると思います。週間天気予報によれば,これが3月の撮り納めでしょう。

2006年3月21日 (火)

やっと理解ができました

3月19日(日曜日)のセントレアの件,やっと理解ができました。

強風の場合,風下に向けてプッシュバックした場合,エンジンを始動させる時負担がかかり,回りにくくなるそうです。このことを昨日キャプテンからお聞きすることができました。そう言えば日頃プッシュバックを催促するSQが,時間をかけていたこともよく理解できました。セントレアの場合,昨年から強風のことが話題になっていましたが,まさか自分の撮影の時にお目にかかるとは思いませんでした。今後強風が予想される時は,出動を見合わせることも考えなければいけません。

同日初めてRW18の撮影を行いました。フェンス越しの撮影のため,決して自由のきく撮影ではありませんでした。が,これからRW18の使用の度合いが増えることも予想され,いい経験をしました。4コマですが,"What's new"に載せてみました。RW36と違い,タキシーウエイは遠いだけに目的を持って撮影しなければ・・・。

がらり話題が変わって,スライド交換は根気と誠意が必要です。私がスライド交換しているドイツ人Uwe Meier,フランス人Stephan Gautron,オランダ人Peter H de Grootの3人は,本当に誠実な人達です。人には様々な理由があり,撮影が困難な時も多々あります。そう言った時でも相手を思いやり,我慢が必要です。また相手が喜んでくれる(型式写真を望むならば)ものを送る必要があります。またインターネットの普及により,私の場合メールにて近況を知らせるようにしております。根気と誠意にかける人は,スライド交換には向かないと思います。


2006年3月16日 (木)

祝:新北九州空港

先月の神戸空港に続き,新北九州空港が開港いたしました。

一応「祝」と書きましたが,同じ県(福岡県)にどうして空港が必要なのでしょう?関西の込み入った所に3つの空港もそうですが,これも不可解な空港です。スターフライヤー・ギャラクシーと新興航空会社の本拠地となるもので,その点は楽しみな空港です。もう一つ,この新しい空港は,小牧からCRJ-200が1日3往復する予定です。

さて先ほど知人よりメールがありましたが,新北九州空港は(13時46分現在)雨だそうです。
撮影ポイント情報が楽しみです。

この空港の滑走路は,ほぼ南北です。東側が海と言うこともあり,撮影(順光)なのは午後となります。また島ですから,気分転換する場所(名古屋の御大の場合,地鶏料理?)が近くにあるのかしら?せっかくの撮影場所にそういったものがないと,御大はなかなか出動を渋られますから。「せっかく来たのに・・・,ぶつぶつぶつ・・・・」)私?私の場合は「コンビニ弁当」で十分です。

2006年3月13日 (月)

トライスター

私が最後に見たL-1011は、確かMM/MMZ(CS-TEB)だったような気がします。プッシュバックから爆撮した(?)ような・・・。あの頃は良かった!脚立があれば型式写真が沢山撮れました。名古屋空港では、(昔は)DL/DLAやCX/CPAが毎日飛来しており、別にL-1011と言っても特別な思いは少なかったように思います(例外はGAのハイブリットとCXのホワイト)。それにしても世界的に見たら、L-1011,DC-10,MD-11(旅客機)は少なくなりました。不経済な3発機ですが、飛行機としての魅力は十二分にあると思います。

3月8日飛来したようですが、16時30分着と言うことで出動しませんでした。

今日、9I/TKY(HS-AXA)・・・さすが東南アジアから飛来した機材、随分と汚れていましたが、RRサウンドは健在でした。以前と比べると小牧も撮りづらくなりました。50mmポイントは二重フェンスになり撮影不可能、そしてローリング・テイク・オフときたらコマ数は限られています。結局下手なややリア気味の写真しか撮ることができませんでした。残念無念。

それにしても大勢のギャラリーに迎えられたL-1011は、幸せですね。まだまだ小牧には「転がり」を好む人が大勢いることを知りました。仕事の関係もあり、到着・撮影・撤退と数分しか滞在せず、話をしたくてもできませんでした。ごめんなさい。

2006年3月11日 (土)

SR引退

200人が機体に寄せ書き 「スーパージャンボ」引退
2006年03月11日17時07分(朝日新聞)

老朽化に伴い引退する「スーパージャンボ」の前で記念式典が行われた=10日午後2時50分、羽田空港で

 「スーパージャンボ」と呼ばれる全日空で最後の1機が10日、引退した。79年の就航当時、同型機の500席は世界最大の座席数で大量輸送時代の主役を担った。

 鹿児島発羽田着の最終フライトは客室乗務員の制服や搭乗券で就航当時を再現。機内音楽も「関白宣言」などヒット曲が用意され、航空機ファンの心をくすぐった。

 乗客427人のうち約200人が機体に寄せ書き。「サンキュー」と書いた男性会社員(41)は「この機体で11年前にシドニーへ新婚旅行に行きました」と目を細めた。

2006年3月 8日 (水)

お金持ち!

日本人初の宇宙旅行、9月に(中日新聞)
投資家・榎本さん
 米宇宙旅行会社スペースアドベンチャーズは七日、元ライブドア取締役で投資家の榎本大輔さん(34)=千葉県松戸市出身=がロシア宇宙局から正式に宇宙飛行士候補生として承認を受け九月にロシアの宇宙船ソユーズで国際宇宙ステーションに向かうと発表した。民間の宇宙旅行客としては日本初、世界でも四人目。
 同社によると、榎本さんはロシア政府の医学委員会から、本格的な訓練に入るための承認を受けた。宇宙ステーションの交代要員二人とともに九月、カザフスタンにあるロシアのバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、一週間程度滞在する。旅行費用の二千万ドル(約二十三億四千万円)は榎本さん個人が負担。同社と最終的な契約を交わしたという。

お金の使い道に困っている人がいるものです。これだけのお金があったら,どれ程の人達が救われるのでしょう。

JSSのトップの写真を大きくしました。回線によっては見づらくなったかもしれません。気分転換です。(本当はもう少し画像を向上させたかったからです。ごめんなさい!)今年に入って約2ヶ月半,友人達のサポートのお陰で更新回数は増えてきました。特に最新の更新は,時差9時間の世界の人の作品ですから,是非ご覧下さい。こうして送られてくる作品を更新していると,空港へよく出かけられていることが分かります。しかしご存じのように,この冬のヨーロッパは以前寒気が居座り,撮影日和は少ないとの報告を受けています。CDGの撮影禁止は,依然続いております。


2006年3月 3日 (金)

カネボウ

皆さんは「カネボウ」と言われて,何を連想しますか?
「女子バレーボール」
「化粧品」
「紡績工場」
「倒産」etc
どれもカネボウの一面を指したものです。

もう一方では,膨大な文化遺産を所有している(していた)会社としても有名です。これは私の趣味の世界から分かったことです。ではどうしてカネボウがそれだけの文化遺産を所有することができたのか?ご存じですか?それは戦前巨大なコンツェルンを築き,莫大な財をなしたからです。戦後の財閥解体の憂き目にあいましたが,その後も上記のような印象を持つ優良企業でした。化粧品を除くカネボウには,先を見る経営者の資質に欠けるものがありました。その後のカネボウは皆さんがご存じのようになりました。またここで一つのポイントがあります。カネボウが傾き始めた頃の社長伊藤さんですが,何と日本航空のトップになりました。ここでも確か1年持たなかったように記憶しています。何とも企業のトップの資質とは厳しいものがあるのでしょう。戦前(現在のトヨタ自動車とは比べものにならない巨大コンツェルン)の優良企業は姿を消しました。

日本航空の次期社長になられた西松さんにとっても,これからの舵取りは本当に厳しいものがあると思います,日本航空の中興の祖となれるのか?!あるいはかつて日本には・・・。と言われるのか,私は非常に興味があります。

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